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誉めるのも女子がうまい

 酔っぱらって家に帰ることはめったにない。近所の人たちと年に三回の小説講座と飲み会、あとは編集者と地元で一杯やるのが二回ほど。昨年の小説講座の飲み会があった夜だったか家に帰って酔っているので風呂はめんどくさいと言ったら、下着だけでも替えたらと家の人。汚れたパンツを脱ぎ新しいパンツをはき脱いだ汚れたパンツをはき、あれれ。珍事のひんぱつに自分でおどろく毎日なので、 セブンアンドワイ - みんなの書店 - キャラクタが面白くなきゃ! - 島森ミチル店長のような誉め方をされると飛び上がるほどうれしい。

.『裸者と裸者』の文体と全然違う!1996年の『されど修羅ゆく君は』の方が若さがない。『裸者と裸者』は(2004年なのに)私は読んでて「誰だっ、この若い作者は!」と

 
歳をとっている感覚はまったくない。これが肝心だと思う。脳細胞もふくめて肉体なんかもうどうでもいい。鳥森ミチルさんは『愚者と愚者』の書評でも文体を誉めてくれた。


 この嫌みのないピュアで新鮮な文体は、一種の老練さに基づくものなのでしょう。

 これにはちょっと反論が。のろのろと時間をかけて習得した文章技術が文体の基礎にあるのは事実そのとおりだが、あの文体を発見し選択させ根底でささえているのは若々しい精神だ、のはずだ。







*パンプキン・ガールズ
「鉄兜団なみの戦闘力がほしいね」三千花が言った。
愚者と愚者 (下) ジェンダー・ファッカー・シスターズ

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コメント

セブンアンドワイ書店へ頂いていたメッセージに気付かずに、お返事が遅れてしまって失礼致しました。

『裸者と裸者』の文体、10代の作者かと錯覚した程だったのです。でも、若さだけでは絶対に成立し得ない小説の構造だったので、文体だけ、ゴーストかとすら思い、それもちぐはぐさがないので、有り得ない…と。
自分では本当に衝撃で、どうしてこんなことが可能なのかと不思議で不思議で仕方なかったのです。

やはり、精神が異なったまま、文体を選択するだけではあの厚い小説を一気に読み切らせるパワーは出ないと思いますが、それにしても…素敵です。

反論(というより真実ですよね^^)部分も、通常文字で載せて頂いて構いません。
でも、ジェントルなお気遣い、とても嬉しいです。
ありがとうございました。

投稿: 島森ミチル | 2007年3月10日 (土) 04時02分

鳥森さま。はじめまして。トラックバックにある先生というのはやめてください。お願いです。ある書店の女子店員さんとときどき手紙のやりとりをしているのですが、彼女はどうしても先生と呼びたいと強引に使ってます。まあほとんどジョークで。ジョークならかまいませんけど。「文体が若い」という書評は小学館のI編集者がなるほどうまいと感心してましたよ。

投稿: uchiumi | 2007年3月10日 (土) 12時53分

打海さま、有難うございます。

つい先生、というのが敬称だと思ってしまい、失礼しました。トラックバック分の記事も訂正済です。

文体が若い、という表現は、自分では普通に使っていたので意外ですが、文体が幼い、拙いというのではなく、若いと感じる文章は貴重だと思っております。

続編を楽しみにしております。

投稿: 島森ミチル | 2007年3月11日 (日) 07時32分

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» 申し開きなぞを [oser]
えー、セブンアンドワイでmy書店を開いているのですが、 『されど修羅ゆく君は』のコメントに対し、 なんと打海文三先生、ご本人がブログの 打海文三の”パンプキン・ガールズは二度死ぬ”の 誉めるのも女子がうまいで言及して下さいました。 しかし、自分で、この紹介文を読み直して、もうもうもう赤面です。今なら顔の上で目玉焼きが出来るよ! 先生、好き勝手なことを…ごめんなさい! ご、ご本人に読まれるのは…ネット上でも、穴に入りたい気持ちになります。 「私、素直じゃないんです。 パンプキ... [続きを読む]

受信: 2007年3月10日 (土) 04時49分

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