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わたしの小説とはじつは関係のない書評

 新聞や雑誌に載る書評は読者におすすめの本という体裁をとるから、ほとんど貶されることはなくて誉められるだけだ。悪い気はしない。手際よくまとめられた書評を読むとプロの仕事だなとつくづく思う。でも違和感がある。書評の言葉に触発されてわたしの方からなにか言葉を返したいと思うことはまずない。わたしの小説とはじつは関係のないプロの芸が凝縮した短い完結した文章がそこにあるという感じがするのだ。記憶のなかで例外を探せば、池上冬樹さんが週刊文春に書いた「時には懺悔を」(94年角川書店)の書評はちがったが、池上さんがそこで語った個人的な体験にわたしは触発されたのだから例外中の例外ということになる。やむをえない面はあると思う。限られた字数で内容と感動(?)を伝えなければならない。ほんのすこし言葉を差し替えれば別の本の書評になりかねない厳しい条件でつぎつぎと書評をものにしていくのがプロなのだろう。インタビューも事情は同じだ。わたしがとりとめもなくしゃべってもそれなりの原稿があがってくる。なるほどプロの仕事だ。ほかに感想が言いにくい。ところが、おーちようこさんにインタビューされたとき、わたしは動揺してしまった。(この項つづく)




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