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どう読まれたのかさっぱり

 500枚の小説を書くのに準備と執筆と校正と休憩をふくめて8ヶ月ほどかかる。年に4冊出さないと世間から忘れられちゃいますよと編集者は言うが、そういうこととはべつに、また作品の出来とはべつに、わたしが膨大なエネルギーを注いだという事実はあるわけで、そうやって書いた小説が人にどう読まれたかを知りたいと切に願うのだが、これがさっぱりわからない。家の人も家の人の息子もわたしの小説に関心ないしなあ。担当編集者は一杯飲みながらいろいろ話してくれるので、それはそれでうれしいが、どう考えても彼らが最初にしなければならない仕事だ。(編集者と小説の内容について意見が衝突したまま出版しちゃった例もあるが)。新聞や雑誌に載る書評は、なんどか触れたように対象の小説とは直接かかわりのない欲望(たとえば文学史上に俺が位置づけたいとか発掘したのは俺だとか俺の芸を見せたいとか)で成立しているようなところがあって、書評を書いた人がその小説をどう読んだかはなかなか読みとれない。誤読にもとづく酷評であっても、どう読んだかがきちんと伝わってくれば、わたしはその書評に言葉を返したくなると思う。ネット上にそういう書評がないわけではないので、ぼつぼつと紹介していく予定。

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