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そっとゆすぶる書評

川畑詩子さんが[WEB本の雑誌]の 愚者と愚者(上・下)で書いている。

「舞台は東京都市部と近郊なのでイメージしやすいはずなのに、どうしても頭がついていかない」
「この作品からは、あなたの想像力貧しくない?と鋭く問いかけられている気がする」
「もっと深いものが描かれているようなのに、読み取れない感じがしてもどかしかった」

ここで表明されている違和感について、ぼんやりと、くり返し考えた。気になるのだ。わたしをそっとゆすぶると言い換えてもいい。川畑さんのぜんぜん偉ぶらない口ぶりと、率直さと、小説への敬意を示してくれていることなんかも、関係していると思う。うろうろと考えたすえに、川畑さんが抱いた違和感を、作者であるわたしはどうすることもできない、ということに気づいた。なあんだ。当たり前のことじゃないか。でも考えるってそういうことかもしれない。

殺戮と略奪と飢餓が日常であるような世界を、近未来に設定した時点で、アクチュアルな問題をすべて小説に投げ込むことになるという自覚はあった。ふつう被害者として扱われる子供と女性を、戦争に加担する主役に据え、罪を負わせ罰を与え、暴力を振るう快楽も味あわせる、ということも決めていた。だから破天荒な物語になるだろうと思った。

『愚者と愚者』に違和感を持つ人がいて当然だろう。読者の方から小説に近づいてきてほしい、などと作者が言うわけにいかない。残念ながら、すれちがったままだ。川畑さんのもどかしさも、わたしのもどかしさも、とりあえずは解消されない。




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