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麦の春化と立川市のYさん

コラムやアンケートで八ヶ岳の百姓時代の話をちょこちょこ書いていたら、20年まえのある事件を思い出した。当時、3家族で東京と甲府市の消費者グループに、野菜、米、豚肉、大豆、小麦粉、そば粉、味噌、林檎、桃などを共同出荷していた。東京都の西郊外にある立川市のグループに農産物を下ろしているときに、Yさんから「グループのミニコミ誌をつくることになったので、なにか書いてよ」と頼まれた。Yさんとはそのとき一度会っただけなのだが、ほっそりして活発そうな、専業主婦ではなく仕事を持っている雰囲気の、さっぱりした話しぶりの感じのいい女性だった。確か編集経験があると言ってたと思う。

わたしが書いたのは〈麦の春化〉である。以下はweblioの生物学辞典から引用。

春化

同義/類義語:春化処理
英訳・(英)同義/類義語:vernalization

植物花芽形成などが低温処理により促進される現象

北海道の一部をのぞいて麦は秋に播く。これは秋播き用の品種である。春播き用の品種というのもあって、冬の寒さがきびしい地方ではこちらを播く。秋に播いた麦は冬の寒さが引き金となって生殖成長がはじまる。これが春化である。この秋播き用の麦を春に播くとどうなるか。必要な寒さがこないために茎葉が茂るだけで穂は出ない。というような内容の文章の最後を、ようするに秋播き用の麦を春に播くといつまで経っても「月経が始まらないというわけだ」*1と書いた。

東京へ配達にいく友人に原稿を渡し、後日、ミニコミ誌をうけとった。原稿の最後の一文が無断でカットされていた。わたしはただちに八ヶ岳のぼろをまとったむさくるしい野郎どもに事情を話しみんなで腹を抱えて笑った。その後、Yさんは二度とわたしのまえに姿をあらわさなかった。それでますますYさんの好感度がアップして今日に至っている。

*1「静かで、ほとんど物音もせず、ごくわずかの人間しかいない界隈で、ここでは娘たちは一年おくれても月経が始まらないというわけだ」ポール・ニザン『アデン アラビア』

 粗野で愚鈍で急激に春化されつつあった19歳のわたしは『アデン アラビア』を読み、どういうわけか有名な冒頭の一文とともにこのフレーズを鮮烈に印象づけられ、Yさんに原稿を頼まれたときにすらすらと書いたのだった。


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