詩人のからだ?
いつのことだったか記憶がまったくない。
この表紙だけ見るとそうでもないが感じだが じっさいはひどい露悪趣味。 写真を撮った石内都がまた強烈な個性の人。 石内都のインタビューから抜粋。http://www.imagef.jp/interview/library/010/index.html 「傷という物語」
| |||||
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
いつのことだったか記憶がまったくない。
この表紙だけ見るとそうでもないが感じだが じっさいはひどい露悪趣味。 写真を撮った石内都がまた強烈な個性の人。 石内都のインタビューから抜粋。http://www.imagef.jp/interview/library/010/index.html 「傷という物語」
| |||||
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
コラムやアンケートで八ヶ岳の百姓時代の話をちょこちょこ書いていたら、20年まえのある事件を思い出した。当時、3家族で東京と甲府市の消費者グループに、野菜、米、豚肉、大豆、小麦粉、そば粉、味噌、林檎、桃などを共同出荷していた。東京都の西郊外にある立川市のグループに農産物を下ろしているときに、Yさんから「グループのミニコミ誌をつくることになったので、なにか書いてよ」と頼まれた。Yさんとはそのとき一度会っただけなのだが、ほっそりして活発そうな、専業主婦ではなく仕事を持っている雰囲気の、さっぱりした話しぶりの感じのいい女性だった。確か編集経験があると言ってたと思う。
わたしが書いたのは〈麦の春化〉である。以下はweblioの生物学辞典から引用。
| 愛と悔恨のカーニバル (徳間文庫 う 7-3) 著者:打海 文三 |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
12月に文庫化されるのは「裸者と裸者」上下巻だけです。
「愚者と愚者」の文庫化は来年秋の「覇者と覇者」刊行前後を予定
だそうです。
わたしの聞き間違えらしい。
単行本にさっさと見切りをつけて文庫化するのかと
思ってました。
情報を混乱させて申しわけありません。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ベストの選書ではありません。著者1人につき1冊としました。ベストテンでもル・カレが5冊入ります。また最初にざっと書き出した本のほとんどが絶版でした。ネットで確認して22冊をえらんだのですが、それでも2冊が絶版。恐ろしい現実。
1「ロリータ」ウラジーミル・ナボコフ(新潮社)
![]() |
ロリータ (新潮文庫) 著者:ウラジーミル ナボコフ |
2「蒼ざめた馬」ロープシン(岩波書店)
![]() |
蒼ざめた馬 (岩波現代文庫) 著者:ロープシン |
3「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」ジョン・ル・カレ(早川書房)
(最高傑作の「パーフェクト・スパイ」をあげたかったのですが絶版)
![]() |
ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV) 著者:ジョン ル・カレ |
4「血統」ディック・フランシス(早川書房)
| 血統 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-7 競馬シリーズ) 著者:ディック・フランシス |
5「この不思議な地球で」巽孝之編(紀伊国屋書店)
| この不思議な地球で―世紀末SF傑作選 著者:ウィリアム ギブスン,パット マーフィー,マシュー ディケンズ,イアン クリアーノ,ブルース スターリング |
6「スローなブギにしてくれ」片岡義男(角川書店)
絶版!!
片岡義男のほとんどの本を角川書店が絶版にしてしまった。この場を借りて角川書店に厳重に抗議する。
7「敦煌」井上靖(新潮社)
| 敦煌 (新潮文庫) 著者:井上 靖 |
8「李陵・山月記」中島敦(新潮社)
| 李陵・山月記 (新潮文庫) 著者:中島 敦 |
9「草原の記」司馬遼太郎(新潮社)
| 草原の記 (新潮文庫) 著者:司馬 遼太郎 |
10「戦艦大和ノ最期」吉田満(講談社)
| 戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫) 著者:吉田 満 |
11「文鳥・夢十夜」夏目漱石(新潮社)
| 文鳥・夢十夜 著者:夏目 漱石 |
12「ケーテ・コルヴィッツ版画集」岩崎美術社
(絶版のためフェアでは図版が多いという理由で「~肖像」を販売)
![]() |
ケーテ・コルヴィッツの肖像 著者:志真 斗美恵 |
| ケーテ・コルヴィッツ―死・愛・共苦 著者:清 真人,高坂 純子 |
13「ヘンリー・ダーガー非現実の王国で」作品社
![]() |
ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で 著者:ジョン・M. マグレガー |
14「ゴッホの手紙 テオドル宛 中 下」ゴッホ(岩波書店)
| ゴッホの手紙 中 テオドル宛 (2) (岩波文庫 青 553-2) 著者:ヴァン・ゴッホ |
15「心臓を貫かれて」マイケル・ギルモア(文芸春秋社)
| 心臓を貫かれて 著者:マイケル ギルモア |
16「冷血」カポーティ(新潮社)
![]() |
冷血 (新潮文庫) 著者:トルーマン カポーティ |
17「風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険」菜摘ひかる(光文社)
| 風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険 (知恵の森文庫) 著者:菜摘 ひかる |
18「AV女優」永沢光雄(文藝春秋社)
| AV女優 (文春文庫) 著者:永沢 光雄 |
19「セックス・チェンジズ」パトリック・カリフィア(作品社)
![]() |
セックス・チェンジズ―トランスジェンダーの政治学 著者:パトリック・カリフィア,石倉 由,吉池 祥子 |
20「飢餓と戦争の戦国を行く」藤木久志(朝日新聞社)
| 飢餓と戦争の戦国を行く (朝日選書) 著者:藤木 久志 |
21「エロス論集」フロイト(筑摩書房)
![]() |
エロス論集 (ちくま学芸文庫) 著者:ジークムント フロイト |
22「悪について」エーリッヒ・フロム(紀伊国屋書店)
| 悪について 著者:エーリッヒ・フロム |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
池上冬樹さんのミクシィの9月13日の日記の抜粋です。
■なお、先日日記でふれた、青山ブックセンターで行われている
「打海文三先生の本棚」で選ばれている本のリストですが・・・。
山形の「小説家(ライター)になろう講座」の生徒
(神奈川在住。ミクシィでは「Nicopon」さん)が
ブックセンターに足を運び、本のリストを教えてくれた。
以下が、その22冊です。
(略)
なお、Nicoponさんによると、
> 展示中の書棚には、一冊につき約50文字以内のコンパクト
> にまとまった寸評が載ったカードが飾られていました。
> 明らかにファンらしき方が棚の前に立つと、まず先に
> それらのコメントを読み、次に、気になった書籍に手を
> 伸ばしている光景にも遭遇しました。
とのこと。いい光景なのではないでしょうか。
ここで描写されている光景に、わたしは励まされます。
わざわざ池上さんに知らせてくれたNicoponさんに、
自分の日記に転載してくれた池上さんに、
ずいぶん遅れてしまいましたが感謝。
ブックフェアは9月22日に無事終了。
青山ブックセンター六本木店の書店員さんの葉書によれば、
「女子高生ふうのティーンから、思いつめたおじさんまで、バラエティにとんだ客層だった」とのこと。
こういうふうに知らせてくれるのもうれしい。
えらんだ22冊の本のリストと短いコメントは明日か明後日にアップします。
| 愛と悔恨のカーニバル (徳間文庫 う 7-3) 著者:打海 文三 |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
徳間の文庫の打ち上げと称した飲み会で、吉田伸子さんが「あの子凄いよねー」と火狩朱夏さんを話題にして、席がしばらくもりあがった。火狩さんは以前このブログで紹介させてもらった高校生女子。読みの鋭さ深さにみんな感心したのだけど、吉田さんがいたく気に入ったのは、『裸者と裸者』『愚者と愚者』の人物評の「竹内里里菜きらーい」という火狩さんの言葉。これはまあ個人的感情だが、わたしも火狩さんのきらい発言に納得。だって里里菜は海人との恋においてフェアじゃないからね。
その火狩さんが『愛と悔恨のカーニバル』の書評を書いてくれた。
http://ameblo.jp/9s-and-arikawahiro-love/entry-10048057118.html
「飲み込まれる」衝動がどんなものか。
抱き締めて包んで丸ごと愛して欲しかったんじゃないのかなと解釈しましたが、
そう言葉で定義した時点でそうとしかならないんだったら、
曖昧なまんま断定せずに、作者の言葉を借りたほうがよほどいいのかも。
柔軟で粘り強い思考に感嘆。高校生女子、17歳ぐらいですよ!! とそこを強調すると、また火狩さんに、それがなにか? あなたたちにとって高校生女子17歳がなにか特別な価値でもあるんですか? よくわかりませんね、と皮肉られても仕方ないのだが、どうしても17歳のぼんくらな自分と比較してしまう。
| 愛と悔恨のカーニバル (徳間文庫 う 7-3) 著者:打海 文三 |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (2)
角川書店のS氏から電話。営業サイドが〈売り〉を年末年始に仕掛けたいので「裸者と裸者」の文庫化を12月にずれこませてよいかと。わたしには判断できないことなので了承。ということは今年の年収は70万を切るぞ。わたしのプレカリアート人生ではべつにめずらしいことじゃない。両親ともにプレカリアートだったしな。つまり物心がついたときからわたしはプレカリアートみたいなものだった。でも100万を切るのは7,8年ぶりぐらいなので、どういうわけか気分がハイに。
〈プレカリアート〉不安定な=precariousに由来する非正規雇用および失業者およびそのあたりの人の総称。
#以上はウィキペディアのまとめ。
#わたしの青春時代には似た言葉にルンペンプロレタリアートあるいはルンペンインテリゲンチャあるいはたんにルンペン。古くさ!!
| 愛と悔恨のカーニバル (徳間文庫 う 7-3) 著者:打海 文三 |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
25年ぐらいまえに名古屋の映画制作会社でPR映画を撮った。東京からわたしがディレクターとして呼ばれ、ほかのスタッフは名古屋の人だった。広告代理店を兼ねる制作会社が、残業で帰宅できなくなる社員の宿泊施設として所有するマンションで、わたしは一人で寝泊りした。ダイニングルームの隣の小部屋の本棚に、西村寿行の小説だけが20冊か30冊あって、2週間ほどの撮影の間に、わたしはぜんぶ読んだ。そんなふうにして出会わなければ、西村寿行の小説をそれほどたくさんは読まなかったと思う。という個人的な体験のほんのさわりだけを、新宿の飲み屋へ向かうタクシーのなかで話すと、徳間書店のK嬢が敏感に反応して、文藝評論家の井家上隆幸さんのエピソードを教えてくれた。あるとき井家上さんが大工さんに頼んで本棚をつくった。大量の本のなかに大工さんは西村寿行の小説を見つけて貸してくれないかと言った。なぜならこの人の小説は図書館に置いてないから。
| 愛と悔恨のカーニバル (徳間文庫 う 7-3) 著者:打海 文三 |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
浜松町の路地へ。提灯の明かりが途切れて道に迷ったのかと思ったら薄暗がりのなかで熱帯の森を飛ぶ鳥のような衣装の徳間書店のK嬢と若いK氏が待っていてくれた。ちょっと遅れて、神経が図太い吉田でーすともう一人女性が。この人、早口で突っかかるようにしゃべるので相手してると叱られてる気分に。ところが数年前、夢のなかにわたしが出てきておまえ読みが甘いんだよと説教したとか。嘘でしょ。自己投影ってやつだよ。だってあなたが飲み屋で年下の男の子をつかまえておまえ読みが甘いんだよってからんでるの見たことあるもん。あははは、ちょくちょくあるらしいのよね。新宿へ移動して二次会。イラストを書いてくれた川島淳子さんが合流。PCをネットにつないで一年という初心者で、日記だけで知っている人に会うのははじめての経験。可愛くて物静かな女の子。ばくぜんと想像していたのとなんかちがった。なにを妄想してたんだか。おどろいたのは落ち着きと椅子にすわった背筋がぴんとのびていたこと。川島さんと同じ歳だったころのわたしはがつがつがさがさして粗相ばかりしてたのにな。
| 愛と悔恨のカーニバル (徳間文庫 う 7-3) 著者:打海 文三 |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
編集者が『兇眼』(徳間文庫)の解説を吉田伸子さんに依頼したら断られた。言い分はこうだ。その仕事をうけちゃうと、つぎに文庫化される予定の『愛と悔恨のカーニバル』の解説がほかの人にいってしまうわけで、あたしは〈愛と悔恨~〉の解説を書きたいのお‼
編集者はそこで池上冬樹さんに依頼したが、また断られた。事実経過はちょっとちがうかもしれないがそれはどうでもいい。山形市で会ったときに池上さんはわたしに面と向かって言い放った。『兇眼』はやる気ないけど『そこに薔薇があった』(中公文庫)の解説はぼくに書かせてよ。シンジラレナイ。世間一般の常識に照らしてありえない発言だと思うけどね。
不憫な『兇眼』のために一言。おもしろい小説だとわたしは思う。青山ブックセンター六本木店の書店員さんが凄く気に入ってくれ、徳間に50冊注文したのに20冊しかまわしてくれないとぼやきつつ、ばかすか売ってくれました。
で『兇眼』の解説はどうなったか。編集者が困って、どうしましょうかと言うので、香山二三郎さんなら書いてくれるかも、あの人プロだと思うから、とわたし。やっぱり香山さんはプロだった。吉田&池上とおおちがいだ。快く引きうけてくれた。みなさん『兇眼』の解説を読んで、香山さんの鮮やかなプロの筆致を愉しんでください。
わたしは中央公論新社の編集者に電話を入れて、『そこに薔薇があった』の解説は池上さんでと頼み、池上さんは望みどおりの仕事を手に入れた。
吉田さんは『兇眼』から二年後、やはり望みどおり『愛と悔恨のカーニバル』(徳間文庫)の解説を書いた。主人公の女の子への深い愛にみちた文章だ。あんなに神経が図太いのに、この解説にかぎって言えば、吉田さんの愛には繊細で壊れやすい肉体がある。
| 愛と悔恨のカーニバル (徳間文庫 う 7-3) 著者:打海 文三 |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨夜、徳間書店のK嬢とK氏が「愛と悔恨のカーニバル」文庫本の見本をとどけてくれる。
| 愛と悔恨のカーニバル (徳間文庫 う 7-3) 著者:打海 文三 |
まだ画像がありません。デジカメも携帯電話もないので、
カバーをつくる過程で編集者が送ってくれたメールに添付されたイラストをアップします。
主人公の19歳の姫子はこんな感じです。すごく気に入ってます。
イラストレーターは川島淳子さん。http://junkokawashima.com/
肉も魚も旨いH市の〈二等兵〉で一杯やる。
いつにもまして熱帯の森を飛ぶ鳥のような配色の衣服を着けたK嬢が、で、つぎの姫子の物語はいつごろになりますかと。
13歳の姫子を書き、19歳の姫子を書いたわけで、つぎは27歳とか28歳の姫子ですね。だから2011年ごろです。
やだあ、わたしそのころもう会社にいませんよ。
だったらフリーでうけて姫子の物語の第3弾を徳間に売り込めばいいじゃないですか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
夏ばて。親族の死。葬儀。さらに夏ばて。たぶんそれが原因の歯痛。仕事に集中できず。野菜も肉も噛めず。意欲が全体に減退。食欲不振。家の人はぜったいそんなことにならないけどね。世界競泳。競泳男子のぷよぷよの二の腕に腐女子は萌えるのかなとふと。世界陸上。そわそわして仕事どころじゃない。アスリートは美しい。もちろん女性のことです。どんな女優さんの魅力も霞む。すくなくともあの一瞬は。オッティ47歳まだ走ってる。言葉を失う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
青山ブックセンター六本木店の書店員さんが企画してくれ、『打海文三先生の本棚』というブックフェアを六本木店で開催中です。書店とフェアの情報はここ。http://www.aoyamabc.co.jp/45/45215/ 〈フェア〉をクリック。
わたしが自分の本棚から選んだ22冊に、短いコメントをつけて販売しています。ただし1冊は絶版。ざっと眺めるだけで、わたしがどんな本を読んできたのか、だけでなく、その時そこでどんなふうに途方に暮れていたのか、といったこともうっすらと浮かび上がってくると思います。フェアの開催は9月下旬まで。ぜひお立ち寄りください。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
夜明けに農家の人がトウモロコシをもぐ音で眼が覚めたT嬢が、収穫したばかりのやつを畑で買い、茹でて差し入れしてくれる。やっぱTさんは詩人だとか言いつつおいしく頂く。前回の講座で、修羅場のない小説をいちど書いてみたらどうですか、と助言したO嬢の作品の冒頭の一文は「律子は、ただ泣いていました」。講師の助言は熱心に聴きメモしたうえで無視、というのがO嬢のみならず女性のみなさんの一貫した態度。感銘をおぼえる。いつもセクハラ被害をうけるH氏は懇親会から参加。率直な好青年ゆえ年内の結婚が決まったと報告。脇が甘いなんてもんじゃない。もちろん結納や結婚式について根掘り葉掘り訊き、回答を引き出すたびにS嬢が音頭をとって拍手の嵐。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
先週の日曜日の記事で16歳を強調したことに対して、狭間の広場の火狩朱夏さんが日記で〈癪〉とひと刺し。http://ameblo.jp/9s-and-arikawahiro-love/day-20070520.html
うーん。返す言葉がない。山形市の〈小説家になろう講座〉で老婆という言葉を使ったらFさんに厳しく批判されたことも。たとえば「78歳の女性」と表現したらどうですかと。
たぶん使用可能な言語でなにかを語ろうとすれば、そうするほかないわけだが、年齢差別や性差別を免れることはできず、免れる唯一の方法はおびただしい留保をつけながら語るしかない、という自覚はいちおうあるのだが┅┅。
で今週も性懲りもなく火狩朱夏さんの書評の紹介。
〈愚者と愚者〉上巻。http://ameblo.jp/9s-and-arikawahiro-love/entry-10019812337.html
竹内里里菜 きらーい。海人の恋人。年上。魚屋。
でも確か未亡人で付き合い出した当時海人は15以下だったと思われます。出来れば椿子か桜子がよかった。でも桜子死んじゃったから椿子が良いな。
こいつ切って、海人。でもあんた恋人いるのに他の女と寝すぎ。
里里菜は嫌われて当然だと思う。ロマンチック・ラブを省略していきなり欲望だからな。それよりなによりフェアじゃない。海人はまだ13歳で、里里菜は恩人で大家で魅力的な人妻で年齢差が16も。
でも里里菜にはフェアではないという自覚がある。そういう女性として描いたつもり。欲望とロマンチック・ラブについては、配慮を重ねて描いたので、年齢や性別にかかわりなく愉しんでもらえるはず、という作者の望みはあるていど叶えられたと思う。
〈愚者と愚者〉下巻の書評。http://ameblo.jp/9s-and-arikawahiro-love/entry-10020406369.html
私的にはリリナさんの出番が少なくて嬉しかった巻です。
でもそのかわり13歳くらいのときの海人と恋人になったことが判明。
思わず本を閉じそうになりました。
そのあとすぐに、そのときの海人は既に女よりも人の殺し方のほうを知っていたとかで、テンション上がりました。ね。なんだろうねこの変な高揚感?
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
『愚者と愚者』上巻の第1章の最後で、聡明な女子学生が、黒い旅団司令官の親書を携えて、常陸軍孤児部隊司令官の海人をたずねてくる。彼女はゲイ・ヒロイズムを掲げる女嫌いの〈黒い旅団〉の急進主義に強く魅せられている。彼女の訪問の目的は海人を唆して女の武装勢力と訣別させること。
火狩朱夏さんhttp://ameblo.jp/9s-and-arikawahiro-love/entry-10019812337.html
はこの女子学生をどう読んだか。
小林康子 女子学生。えー誰? あ、もしかしてヴァイオリンかなんか弾いてた人か。んー……ちょっと恐い。
決して間違ってはいない方法で、間違っている方向へ人を向かわせる。
まあ信念とか信条の違いから生まれる対立だとは思うけど、
海人の言う「唆した」自覚はあると思われる少女。
でも、反論材料を手元に残してる。戦いにくいし、言い負かしにくい。
信念とか理念とか理想とか思想とかそれ自体への、あるいはそれに魅せられた人間への、16歳高校生女子の感受性のまともさに感嘆する。読みの正確さに感嘆する。人間把握の深さに感嘆する。作者であるわたしは自分の愚鈍な16歳を思い出して赤面する。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)
狭間の広場の火狩朱夏さんhttp://ameblo.jp/9s-and-arikawahiro-love/archive3-200610.htmlが『裸者と裸者』の書評を書いたとき16歳の高校一年生。もうその年齢だと「ラノベは図書館で恥を忍んで借りる」らしいが、朱夏さんはラノベを中心に恐ろしいスピードで小説を読み書評をブログに書きつづる。
覚悟してお読みください。
ずっとラノベばっかりだった人にはちょっときつかったです。
ひっさしぶりに重い本を読みました。
なので今ちょっと胃もたれ中。食傷中。
高校生女子はどう読んだか。作者として強い関心がある。朱夏さんの書評からもうすこし抜粋させてもらう。
キレイなお金が欲しかったけど、汚いお金で2人の命が助かるなら。正しい教育を受けて正しい道を歩めるなら、という海人に、弟の隆は言います。
「ようするにカイトはおれたちをすてるわけだ」
* *
レズビアン、レイプ、ゲイ、性差別、年齢差別、人種差別、政府軍と反乱軍、派閥、地方軍閥、宗教、マフィア。
賢さ、狡猾さ、卑怯さ、狡賢さ、理性、誠実、常識と非常識、プライド。
* *
椿子は桜子、桜子は椿子。
彼女達の結末と、「父親」に対する姿勢。
冷静に他者を分析する彼女達が好きです。
* *
利害と損得と利権と権力と武力と食料が絡まりあって、
戦争ナシでは回らなくなってしまった経済情勢の中で、
それぞれがそれぞれの理念の下、ただひとつ戦争終結に殺し合うお話。
朱夏さんが叩き出した言葉は、作者が小説のなかに投げ込んだアクチュアルで複雑な問題群を手がかりに、高校生女子が物語の舞台を理解し、登場人物の人生を追体験しつつ、ふむふむなるほどあららと、小説を愉しんだ証だ。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)
『愚者と愚者』の装丁問題に関して高校生男子の朝之風さんhttp://wind.ap.teacup.com/applet/asitanokaze/15/trackbackは迷うことなく「こちらの表紙の方が僕は好きですね」と書く。その前段の文章を紹介する。
今回の感想を書くにあたって、Yahoo!!で「打海文三」と検索したところ、どうやら「裸者と裸者」の続編「愚者と愚者」が10月1日に発売していたそうです。こちらも近いうちに買って読んでみようかなと思います。それにしても、上下巻両方買うと3000円か……。高いな。
たしかに高いよな。でもこの高校生男子は「裸者と裸者」を買ってくれたようで、そのうえ「愚者と愚者」も買う気だぞと思ったら胸が熱くなった。
学生と非正規雇用と失業中の人をのぞく
図書館派のみなさーん。
売れない作家の本は、できることなら本屋さんで買いましょう。本屋さんも出版社もよろこぶし、なにより売れない作家がつぎの作品を書けるようになります。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (1)
高校生男子の朝之風さん[: Wind of Tomorrow. ]http://wind.ap.teacup.com/applet/asitanokaze/15/trackbackに『裸者と裸者』の書評で叱られた。
ところで、この物語、戦争物であるからかもしれませんが、物語の随所にエッチなシーンが入っています。量的には、佐々木海人という男が主人公である上巻が多いのですが、エッチなシーンの内容がいかがなものかと思われます。
ひっくり返った。読んでくれただけでうれしい。叱られて恥ずかしい。なんと言っても高校生男子がちょっとジジくさい教育者ふうの口調でわたしの暴走に苦言を呈するっていう構図がおかしい。このくだりを池上冬樹さんに紹介すると、ほんとだよ、いかがなものか、と悪ノリ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨日、市民会館で小説講座。出席者6人。提出作品5。T嬢からおにぎりと漬物、O嬢からイチゴの差し入れ。もぐもぐおいしくいただきながら5人の女性が早速M男さんをセクハラ。彼女とうまくいってるのか。彼女の家の近くに引っ越した理由はなにか。髪を染めたのは彼女の指示か。彼女の写真はないのか。セクハラ終息後に講評。会員のみなさんの平均年齢がかなり高めとは言え結婚観やジェンダー観がいかにも古すぎ。O嬢には修羅場の出てこない恋愛小説を要望。「卓也、私、家を出てきたのよ。ここで一緒に暮らしてもいいんでしょ」こんなこと言われたら無言で逃げちゃいますね。E嬢がそれはちょっとひどいんじゃないのと。男からそう言われたらEさんなら蹴り出して塩でも撒くはず。あははそうかもね。出席者の半数が独身であるけれど次回のお題は「離婚しました」と肯定するひびきの声で告げる。わあとかきゃあとか。それは先生の願望でしょと誰かのツッコミ。懇親会でピアノ教師のM嬢が「じつはわたし先生のことを陰でエロ仙人と呼んでます」と告白。誉め言葉ですよとE嬢がフォロー。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
読者を想定して書くのか。想定して書く。14歳の読者を。読みやすいとは言いがたい『ハルビン・カフェ』(02年角川書店)も、14歳の、どういうわけかこのときは男の子の読者を頭にうかべながら書いた。14歳の感受性さえあれば、あの小説を愉しめなくとも、14歳の男の子がこれまで知らなかった暗く重く熱っぽい官能的な世界に触れることは可能で、触れることさえできたら、それだけで有意義な読書体験になると思う。
『裸者と裸者』(04年角川書店)と『愚者と愚者』(06年角川書店)の場合は、14歳のとりわけ女の子に読んでほしいと願いながら書いた。この企てに呼応してくれる声を聞くと、わたしは胸のうちで喝采する。
ミクシィの『愚者と愚者』のレビューでミックママさんが書いている。
「女の半分は悪党だろ」
素晴らしい!! 中学生はよほど早熟な子でないと難しいだろうけど、なべて高校生の課題図書にすべきだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
評判がよくない。(イラストを描いてくれた帝国少年さんの絵の評価とは関係ないことですが)ネットでは印象として半分ぐらいの人があの装丁ではだめと。ラノベの読者に媚びているんじゃないのかというキツーイ声も。想像もしなかったのでちょっとおどろいた。わたしが鈍感なのか。鈍感なのだろう。
知り合いの書店員さんにも言われた。
「表紙がいけません、いけません、文庫になった際は、クールでソリッドなやつで!」
角川書店のS氏の言葉を正確に再現すれば、
「ヲタクの読者にもとどけたい」
と帝国少年さんを推薦。
そのときのわたしはラノベがライトノベルの略だとはたぶん知らず、腐女子とボーイズラブにはまったく無知、というレベルだったが、ヲタは(いまでは腐も)健全な逃避をする人だと思うから、そういう人たちにぜひ読んでもらいたいし愉しんでもらえるはずだと、ためらうことなくS氏の提案に賛同。
本の中身にふさわしい装丁かどうか。
戦争に加担する罪深い子供と女性たちを主役に据えたエンタメ小説を企てるとき、どのように物語ればそれがエンタメ小説として成立するかを考えるわけで、わたしが選択したのは、戦争の酷さを可能なかぎり写実しつつ、そのうえで快活にまぬけにロマンチックにセンチメンタルにスペクタクルに物語ること。
本の中身にふさわしい装丁だと思う。
反対する理由があるとすれば、ある年齢層とかある文化的傾向の人が手を出しにくいということぐらい。でも『裸者と裸者』を買ってくれた人のデータはない。あの装丁で売れるか売れないかを判断することはできない。もう結果は出ているが、装丁が影響したかどうかを判断するためのデータはない。
帝国少年さんのイラストに賛同した理由はもう一つある。
知り合いの書店員さんに、わたしは言い返した。
「そんなに悪い装丁だとは思ってません。中学生や高校生に読んでほしいからね!」
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
川畑詩子さんが[WEB本の雑誌]の 愚者と愚者(上・下)で書いている。
「舞台は東京都市部と近郊なのでイメージしやすいはずなのに、どうしても頭がついていかない」
「この作品からは、あなたの想像力貧しくない?と鋭く問いかけられている気がする」
「もっと深いものが描かれているようなのに、読み取れない感じがしてもどかしかった」
ここで表明されている違和感について、ぼんやりと、くり返し考えた。気になるのだ。わたしをそっとゆすぶると言い換えてもいい。川畑さんのぜんぜん偉ぶらない口ぶりと、率直さと、小説への敬意を示してくれていることなんかも、関係していると思う。うろうろと考えたすえに、川畑さんが抱いた違和感を、作者であるわたしはどうすることもできない、ということに気づいた。なあんだ。当たり前のことじゃないか。でも考えるってそういうことかもしれない。
殺戮と略奪と飢餓が日常であるような世界を、近未来に設定した時点で、アクチュアルな問題をすべて小説に投げ込むことになるという自覚はあった。ふつう被害者として扱われる子供と女性を、戦争に加担する主役に据え、罪を負わせ罰を与え、暴力を振るう快楽も味あわせる、ということも決めていた。だから破天荒な物語になるだろうと思った。
『愚者と愚者』に違和感を持つ人がいて当然だろう。読者の方から小説に近づいてきてほしい、などと作者が言うわけにいかない。残念ながら、すれちがったままだ。川畑さんのもどかしさも、わたしのもどかしさも、とりあえずは解消されない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
中央公論新社『ぼくが愛したゴウスト』を読んで、「読んでいる自分の存在すらも揺らいでくるような経験」と言ってくれた小学館のI氏は最良の読者。最悪の読者は角川書店『裸者と裸者』担当の二人のS氏。一人が「中公の編集者の意向でああいう本を?」と、もう一人は「なんであんなの書いたんですか」と平然と言い放つので、きみたちの感受性はゼロだと飯田橋あたりのバーでなじったのだが、二人ともへらへら笑うばかりでとりあってくれない。ようするに一冊の小説を読むという行為はどこまでも個人的な体験。業界の内も外もプロもアマもない。ちょろいもさん 日々のちょろいも 2nd 20050525.に「ツメが甘かった気が」とか「昇華できていない感じ」と書かれても甘受するのみ。小説は手にとった読者のもの。著者が口を出す余地はまったくない。でも、ちょろいもさんの問いかけに回答したいので回答する。
だいたいなんでシッポ┅?
なんで硫黄の臭い┅?
「尻尾と腐卵臭とくればあれですよ」
「意味がわかんない」
「性的なこと」
「あなた頭がへーん」
「あれを巧みに使えて、性的に興奮するとあれをより強く放ち、あれがないから感じてる自分を感じることができない女性に導かれて、男の子が異世界で逃避行をつづける物語というのは、はじまりからおわりまで〈性的な夢〉として構築された小説、と解釈するほかないと思いますけど」
「誰が見る夢?」
「たとえば人生の秋に立ち尽くす中年男性」
「なんて言うか┅┅えろぼけ作家?」
愛されなかった小説を愛してほしいと言っているわけではありません。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
最近のコメント